未分類など、各国の世界遺産を紹介しています。海外旅行が初めての方も、海外旅行の達人も海外に行くなら世界遺産を旅してみませんか?海外旅行で世界遺産を訪れる際の参考にして頂ければ幸いです。

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海外旅行は世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレへ行こう!

ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ
Villa Romana del Casale


海外旅行は世界遺産ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,3
登録年  1997年

Villa Romana del Casale

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレは、イタリア共和国、シチリア島のピアッツァ・アルメリーナ郊外約5キロメートルのところにある古代ローマの別荘(ヴィッラ)です。

3~4世紀に建てられた世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレには、50を超える部屋の床の豪華なモザイク装飾が残されていて、ローマ時代の最高傑作とされています。

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの建設目的は諸説ありますが、住居用であったとの説が有力です。

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレが実用として用いられていたのは150年に満たない期間で、12世紀頃には完全に放置されてしまいます。

その後、19世紀に世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの発掘が始められます。

【世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの見どころ】

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの50mを超える大廊下には、ライオンやゾウ、カモシカ、キツネなどアフリカでの狩猟の様子、イルカと戯れる図、ビキニ姿で体操をする女性や4頭立ての馬車競技の図などが生き生きと表現されています。

IMG_9031 - Piazza Armerina (EN) - villa romana del casale - mosaico - le ragazze in bikini

このほか、床暖房を備えた当時最新鋭の浴場などが、保存の良い状態で残されています。
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海外旅行は世界遺産のフェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯へ行こう!

フェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯
Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta


海外旅行は世界遺産フェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のフェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,3,4,5,6
登録年  1995年
拡張年  1999年

Castello degli Estense

世界遺産のフェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯は、イタリア共和国北部エミリア・ロマーニャ州フェッラーラ県の県都です。

世界遺産のフェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯は、ポー川の支流ヴォラーノ川流域に位置し、14世紀、エステ家によって整備されました。

世界遺産のフェッラーラの起源は定かではなく、はじめてその名が登場するのは7世紀にラヴェンナ総督府の一部となってからでです。

8世紀には、世界遺産のフェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯はカール大帝に征服され、教皇国家の一部となっています。

世界遺産のフェッラーラは、ルネサンス期に文化の中心地の一つとして栄え、15~16世紀のは画家のティツィアーノなど多くの芸術家を輩出しています。

【世界遺産世界遺産のフェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯の見どころ】

世界遺産世界遺産のフェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯には、現在も15~16世紀に造られた市壁に囲まれています。

エステ城・・・市中心部にあり、4つの塔を持つ城です。

スキファノイア宮殿・・・アルベルト・デステが建てた14世紀の宮殿で、現在は美術館となっています。

サン・ジョルジョ大聖堂(フェラーラ大聖堂)・・・12世紀に建てられたロマネスク様式の聖堂です。

ムニチパーレ宮殿・・・13世紀にエステ家によって建てられた宮殿です。

コルプス・ドミニ修道院・・・エステ家の菩提寺です。

ディアマンティ宮殿・・・8,500個の白大理石をダイアモンドに見立てたことから、この名が付きました。現在はフェラーラ国立美術館が入っており、フェラーラ派の絵画を多く所蔵しています。

海外旅行は世界遺産のペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡へ行こう!

ペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡
Early Christian Necropolis of Pécs (Sopianae)


海外旅行は世界遺産ペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,4
登録年  2000年


Christian necropolis in Pécs

世界遺産のペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡は、ハンガリー共和国南部のペーチ市にある墓所遺跡です。

ペーチは古代ローマ帝国属領時代にソピアネと呼ばれた町で、2世紀にローマ人によって建造されました。
4世紀頃には交易で栄え、世界遺産に登録されている墓所が建てられたのもこの頃とされています。

11世紀にはハンガリー王国の初代国王イシュトヴァーン1世によってここに司教区が置かれたのもこの墓所が影響しているといわれています。

世界遺産のペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡が発見されたのは、18世紀に入ってからでした。
その後、20世紀まで断続的な発掘で様々な遺跡が見つかっています。

【世界遺産世界遺産のペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡の見どころ】

世界遺産世界遺産のペーチ(ソピアネ)にある初期キリスト教墓地遺跡は、16箇所の墓地からなっており、なかでも1872年に発見されたカタコンベは、西側の壁面にペトロとパウロが描かれていることから、「ペトロ=パウロ」というあだ名で呼ばれています。

また、この埋葬室には、ほかにも聖書を題材にしてアダムとイヴ、ヨナ、マリアと幼子イエスなどを描いた壁画があり、初期キリスト教美術の貴重な遺産と評価されています。

Early Christian Necropolis of Pécs (Sopianae)

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