ベルギーなど、各国の世界遺産を紹介しています。海外旅行が初めての方も、海外旅行の達人も海外に行くなら世界遺産を旅してみませんか?海外旅行で世界遺産を訪れる際の参考にして頂ければ幸いです。

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海外旅行は世界遺産のプランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体へ行こう!

プランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体
Plantin-Moretus House-Workshops-Museum Complex


海外旅行は世界遺産プランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のプランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,3,4,6
登録年  2005年

UN31 Belgium Plantin-Moretus House-Workshops-Museum Complex

世界遺産のプランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体は、ベルギー王国、フランドル地方アントワープにある印刷出版業の記念建造物です。

世界遺産のプランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体は、単独の博物館としては初めて世界遺産登録された博物館です。

世界遺産のプランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体は、16世紀アントウェルペンを主たる拠点として大規模に印刷・出版事業を手がけていたクリストフ・プランタンの工房、「オフィキナ・プランティニアナ」 (Officina Plantiniana) を起源としています。

当時のアントウェルペンは、ヴェネツィア、パリ、リヨンなどとともに出版業の一大拠点となっていて、クリストフ・プランタン多言語訳聖書などの書籍を出版するなど、ヒューマニズムの進展に寄与しました。

世界遺産のプランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体では、プランタンの死後も彼の子孫たちが工房を引継ぎ、1867年まで出版事業を継続していました。

世界遺産のプランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体は、1876年に工房および印刷設備一式がアントウェルペン市当局に売却され、翌年、工房・住居部分とも、博物館として公開され始めました。

【世界遺産プランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体の見どころ】
世界遺産プランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体には、現存するものとしては世界最古の印刷機2台や同じ時期の印刷用活字一式など、プランタンが活動していた16世紀当時の印刷技術を伝える品物のほか、印刷事業に関わる設備の数々が残されています。

また、当時の会計記録や知識人たちとの往復書簡といった貴重な古文書類「オフィキナ・プランティニアナの事業文書」 は2001年にユネスコの「世界の記憶」に登録されています。

世界遺産プランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体があるアントウェルペン(アントワープ)の町は、「フランダースの犬」でネロ少年が夢みた、巨匠ルーベンスの名高い「キリストの降架」と「キリスト昇架」を収蔵した「聖母大聖堂」があることでも知られています。

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海外旅行は世界遺産のトゥルネーのノートル-ダム大聖堂へ行こう!

トゥルネーのノートル-ダム大聖堂
Notre-Dame Cathedral in Tournai


海外旅行は世界遺産トゥルネーのノートル-ダム大聖堂に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のトゥルネーのノートル-ダム大聖堂をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  2000年

Cathedral -Tournai, Belgium

世界遺産のトゥルネーのノートル-ダム大聖堂は、ベルギー王国、ワロン地方エノー州を流れるエスコー川に臨むベルギー最古の町トゥルネーにある大聖堂です。

世界遺産のトゥルネーのノートル-ダム大聖堂は、12~14世紀に建造された身廊に48mにわたって大小のアーチが3層に連なるロマネスク様式と5つの尖塔などのゴシック様式が混在したベルギーを代表する建造物のひとつです。

世界遺産のトゥルネーのノートル-ダム大聖堂は、1999年に巨大竜巻の直撃により、屋根に穴が開いたり、建物自体が歪んでしまったため2000年から修復を開始し、完成は、2030年が予定されています。

【世界遺産トゥルネーのノートル-ダム大聖堂の見どころ】
ファサード(建物の正面)に二つの塔がそびえ、側廊等も備えているロマネスク様式の身廊は、世界遺産トゥルネーのノートル-ダム大聖堂のなかで最も古い部分です。

世界遺産のトゥルネーのノートル-ダム大聖堂の彫刻は、ベルギーの教会装飾の中でも特筆すべきものであり、マンティル門やカピトル門は同じく美術愛好家の関心を惹くものといわれています。

世界遺産のトゥルネーのノートル-ダム大聖堂の内部には、大聖堂の成り立ちが描かれた全長22メートルにも及ぶタペストリーや、ベルギー七大秘宝の一つといわれる聖遺物箱など、さまざまな宝物が収められています。

海外旅行は世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)へ行こう!

スピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)
Neolithic Flint Mines at Spiennes (Mons)


海外旅行は世界遺産スピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,3,4
登録年  2000年

BE - Neolithic Flint Mines at Spiennes

世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)は、ベルギー王国、ワロン地方のエノー州の州都モンスににある石灰岩地帯です。

世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)は、約1㎢の新石器時代の鉱山発掘地で、古代採石場ではヨーロッパで最大規模を誇る最古の遺跡です。

世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)での採掘は、紀元前4000年から始まり、紀元前750年ごろまで続けられたとされています。

世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)が発見されたのは、19世紀になってからで、鉄道敷設中に最初の痕跡が見つかりました。

この最初の発見は、ベルギーにおいては、もちろんが、ヨーロッパにおいても最初の発見だったとされています。

世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)は、火打石用の鉱石を掘るためのものであったと考えられていて、内部には坑道や立抗などが残されていました。

また、世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)の周囲では村落も発見されています。

【世界遺産スピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)の見どころ】
世界遺産のスピエンヌの新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)には、14世紀~16世紀に建てられた美しい教会が多く残されています。

また、オランダの画家で有名なゴッホが牧師から画家への転職を決めたとされる家が、モンスから約3kmにあるキューム村にあります。

海外旅行は世界遺産の建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)へ行こう!

建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)
Major Town Houses of the Architect Victor Horta (Brussels)


海外旅行は世界遺産建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産の建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,4
登録年  2000年

Horta Museum, Major Town Houses of the Architect Victor Horta

世界遺産の建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)は、ベルギー王国、首都ブリュッセル市内に散在する4つのアールヌーボー建築による邸宅です。

建築家ヴィクトール・オルタは、19世紀末から20世紀初頭ににかけて、アール・ヌーヴォーと建築を見事に融合させた人物で、当時ブリュッセルで活動したアール・ヌーヴォー建築家たちの中心的な存在でした。

建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)は、ヨーロッパ初のアール・ヌーヴォー建築です。

当時、ベブリュッセルの住宅では、部屋に光が入らない造りになっていましたが、ヴィクトール・オルタは、ガラスを効果的に使用することで、部屋に光が入るように工夫しました。

建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセルでは、材質には鉄、ガラスなどを好んで用いられ、曲線を多く用いるデザインによって、美しい内部空間が作り出されています。

【世界遺産建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)の見どころ】
タッセル邸・・・1893年から1894年に建築されたブリュッセル自由大学のタッセル教授の邸宅です。アール・ヌーヴォーと建築の最初の成功とされています。

ソルヴェー邸・・・1895年から1903年にかけて建築された邸宅で、ヴィクトール・オルタがその創造力を余すことなく発揮したとされています。

ヴァン・エドヴェルド邸・・・1897年から1901年に建築された邸宅す。

オルタ邸・・・1898年から1901年に建築された、アトリエと住宅を兼ねたオルタ自身の邸宅です。現在は、美術館として、一般に公開されています。

尚、世界遺産建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅群(ブリュッセル)登録対象の上気4つの邸宅のうち、オルタ低以外は、私邸なので一般には、公開されていません。

海外旅行は世界遺産のブリュージュ歴史地区へ行こう!

ブリュージュ歴史地区
Historic Centre of Brugge


海外旅行は世界遺産ブリュージュ歴史地区に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のブリュージュ歴史地区をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4,6
登録年  2000年

Historic Center of Brugge

世界遺産のブリュージュ歴史地区は、ベルギー王国で13世紀に西ヨーロッパ随一の貿易港となり水路交通による商業都市として繁栄した西フランダース州の州都です。

世界遺産のブリュージュ歴史地区は、13世紀から14世紀にかけて毛織物工業で栄えましたが、15世紀後半、北海と結ぶ水路が泥で埋まり、船の運行が不可能になると交易は衰退してしていきました。

そのせいか、世界遺産のブリュージュ歴史地区には、産業革命の影響も受けず、中世以来の街並みが多く残されています。

ブリュージュは、オランダ語で「ブルッヘ(橋)」という名のとおり、世界遺産のブリュージュ歴史地区には、50以上の橋が運河にかかり、赤レンガの家屋が並ぶ美しい町並みは、「北の小ベニス」とも呼ばれています。

世界遺産のブリュージュ歴史地区の街並みの中には、122mの尖塔を抱える聖母大聖堂が含まれており、中世以来ヨーロッパで高い建築物であるとされ、また、市街の外れには風車と中世以来の城門も見られます。

また、世界遺産のブリュージュ歴史地区は、芸術においても優れていて、ヤン・ヴァン・エイクやハンス・メムリンクなどのフランドル派の絵画の巨匠も輩出しました。

尚、世界遺産のブリュージュ歴史地区登録範囲には、ベルギーの他の2つの世界遺産「フランドル地方のベギン会院」と「ベルギーとフランスの鐘楼群」に登録されている物件も含まれています。

【世界遺産ブリュージュ歴史地区の見どころ】
世界遺産ブリュージュ歴史地区で目につくのは、美術館に博物館、そして教会です。

運河が張り巡らされ、赤煉瓦の家屋の並ぶ美しい町並みのリュージュは、「屋根のない美術館」とも呼ばれています。

ベルギーはチョコレートで有名ですが、世界遺産ブリュージュ歴史地区でも、あちこちで、チョコレート屋さんを見かけます。

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