各国の世界遺産を紹介しています。海外旅行が初めての方も、海外旅行の達人も海外に行くなら世界遺産を旅してみませんか?海外旅行で世界遺産を訪れる際の参考にして頂ければ幸いです。

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海外旅行は世界遺産のヴァルトブルク城へ行こう!

ヴァルトブルク城
Wartburg Castle


海外旅行は世界遺産ヴァルトブルク城に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のヴァルトブルク城をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,6
登録年  1999年

Wartburg

世界遺産のヴァルトブルク城は、ドイツ連邦共和国、チューリンゲン州アイゼナハ郊外に位置する史跡です。

世界遺産のヴァルトブルク城は、1067年にテューリンゲン伯ルードヴィヒ・デア・シュプリンガーが山頂を見て「待て(wart)汝我が城(burg)となれ」と叫び建築を命じたことに由来するとされています。

12世紀のテューリンゲン方伯ヘルマン1世の時代に世界遺産のヴァルトブルク城内で、さかんに歌合戦が行われたことで知られ、後に「ヴァルトブルクの歌合戦」という歌集がまとめられました。

また、世界遺産のヴァルトブルク城は、テューリンゲン方伯ルートヴィヒ4世の妃・聖女エリザベートがハンガリー王国から4歳で嫁いできた場所としても知られています。

そして、ヴォルムス帝国議会の後、マルティン・ルターが、世界遺産のヴァルトブルク城に隠れ住み「新訳聖書」を翻訳した場所としても有名です。

このほか、ルターを尊敬していた詩人のゲーテも、世界遺産のヴァルトブルク城を度々訪れ、多くの作品を残しており、古城の補修そ支持したとも言われています。

世界遺産のヴァルトブルク城は、リヒャルト・ワーグナーの歌劇『タンホイザー』の舞台にもなっている場所です。

【世界遺産ヴァルトブルク城の見どころ】

現在、世界遺産ヴァルトブルク城では、美術工芸品コレクション、中世のタペストリー、「デューラーの箪笥」、ルカス・クラナッハ父の絵画、珍しい食器コレクション、11世紀から19世紀のヨーロッパの工芸品を見ることができます。

また、夏の期間に開催される有名なヴァルトブルクコンサート、歴史的クリスマスマーケットといった数多くのイベントには世界中から人々が集まって賑わっています。
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海外旅行は世界遺産のベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)へ行こう!

ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)
Museumsinsel (Museum Island), Berlin


海外旅行は世界遺産ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  1999年

Museumsinsel


世界遺産のベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)は、ドイツ連邦共和国、首都ベルリンにあるシュプレー川中州に位置し、ブランデンブルク門から東に伸びるウンター・デン・リンデン街を境とする北半分の地区のことです。

世界遺産のベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)は、5つの博物館・美術館が集まっていることから「博物館島」と呼ばれていて、ベルリンの観光スポットになっています。

世界遺産のベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)の一帯は、もともとは湿地帯でしたが、1841年にフリードリヒ・ヴィルヘルム4世がこの一帯を「芸術と科学」に関する地域としたのです。

世界遺産ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)にあるコレクションで世界的に有名なのが「バビロンのイシュタル門」、「ペルガモン大祭壇」、『浜辺の僧侶』をはじめとするカスパー・ダーヴィド・フリードリヒの主要作品などです。

【世界遺産ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)の見どころ】

世界遺産ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)には、ある5つの美術館および博物館があります・

・旧博物館 (Altes Museum)・・・5館のなかで最も古く1830年に建築家カール・フリードリッヒ・シンケルが設計した博物館で、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世が収集した美術品が収蔵されています。

・新博物館 (Neues Museum)・・・1859年にシンケルの弟子の一人であるアウグスト・シュテューラーの設計によって完成した博物館で、エジプト美術や先史時代の遺物が収蔵されています。

・旧国立美術館 (旧ナショナルギャラリー、Alte National Gallerie)・・・1876年にアウグスト・シュテューラーの設計によって完成した美術館で、19世紀の彫刻や絵画など美術品が収蔵されています。

・ボーデ博物館 (Bode Museum)・・・1904年にフリードリヒ博物館(Kaiser-Friedrich-Museum) として開館し、2006年再開業した博物館で、古代エジプトの遺物などが収蔵されています。

・ペルガモン博物館 (Pergamon Museum)・・・5館の中で最も新しく1930年に開館した博物館で、古代ローマ美術、古代オリエント美術などが収蔵されています。

海外旅行は世界遺産の古典主義の都ヴァイマールへ行こう!

古典主義の都ヴァイマール
Classical Weimar


海外旅行は世界遺産古典主義の都ヴァイマールに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産の古典主義の都ヴァイマールをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,4
登録年  1998年

Goethe's house

世界遺産の古典主義の都ヴァイマールは、ドイツ連邦共和国、中部にある都市で、ゲーテとシラーらを代表とする、18世紀末から19世紀初頭にかけて花開いたドイツ古典主義の中心地として栄えた町です。

世界遺産の古典主義の都ヴァイマールは、人口6,000人の小さな町でしたが、この地が大きく花開いたのは、1775年に君主カールアウグストがゲーテを行政官として招いてからです。

そして、、ゲーテの友人で「若きウェイテルの悩み」の著者として知られるシラーが加わり、世界遺産の古典主義の都ヴァイマールはドイツ文化の一大拠点となりました。
「ファウスト」を生み出したゲーテとシラーは固い友情で結ばれていました。

その後も世界遺産の古典主義の都ヴァイマールには、哲学者ニーチェ、近代音楽の父バッハなど、多くの作家や学者が集まるようになったのです。

ヴァイマールは、古典主義の文学が花開いた地であることなどが評価され、世界遺産に登録されました。

【世界遺産古典主義の都ヴァイマールの見どころ】

世界遺産古典主義の都ヴァイマールは、当時を偲ばせる建築物や公園など、以下の合計11件が登録対象となっています。

・ゲーテの家(Goethe's House)・・・現在は記念館となっています。
・シラーの家 (Schiller's House)・・・現在は記念館となっています。
・市の城 (City Castle)・・・館内に国立美術館が入っています。
・市教会、ヘルダーの家、旧高校 (City Church, Herder House and the Old High School)・・・教会には、ゲーテに影響を与えたヘルダーが眠っています。
・寡婦宮殿 (Widow's Palace)・・・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ公妃アンナ・アマーリアの宮殿で、現在はヴィーラント記念館となっています。
・アンナ・アマーリア大公妃図書館 (Duchess Anna Amalia Library)
・大公の墓所と歴史的墓所 (Princes' Tomb and Historic Cemetery)
・ロマン主義の家、ゲーテの園亭と庭園を含むイルム河畔公園 (Park on the Ilm with Roman House, Goethe's Garden House and Garden)・・・イルム河畔公園はゲーテが造園した公園です。
・ベルヴェデーレの城、オレンジ温室、庭園 (Castle, Orangery and Castle Park Belvedere)
・ティーフルト城と庭園 (Castle and Castle Park Tiefurt)
・エッタースブルクの城と庭園 (Castle and Castle Park Ettersburg)

海外旅行は世界遺産のアイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群へ行こう!

アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群
Luther Memorials in Eisleben and Wittenberg


海外旅行は世界遺産アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のアイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 4,6
登録年  1996年

Castle Church Wittenberg (219/365)

世界遺産のアイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群は、ドイツ連邦共和国、ザクセン=アンハルト州の町、アイスレーベンとヴィッテンベルクにある建造物群です。

世界遺産のアイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群は、16世紀の宗教改革の中心的存在であったマルティン・ルターが活動した町ヴィッテンベルクと、生まれそして没した町アイスレーベンに残るルターゆかりの建造物群です。

宗教改革は近世ヨーロッパ史上の重大事件の一つとされ、その中心人物の一人だったマルティン・ルターの足跡をたどる上で、世界遺産のアイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群は、重要な建造物群であると評価されています。

【世界遺産アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群の見どころ】

アイスレーベンとヴィッテンベルクとヴィッテンベルクの両都市には、ルターにちなむ建造物が多数あります。

◆アイスレーベン
 ・マルティン・ルターの生家(Luther's birthplace)・・・現在のルターの家は、17世紀末に再建されたものです。
 ・マルティン・ルターが没した家 (The house in which Luther died)・・・肖像画や書簡など、ルターにゆかりのある品々が展示されています。

◆ヴィッテンベルク
 ・ルター・ホール (Luther Hall)・・・もとは修道院の建造物で、ルターが住居として使っていた建物です。現在は博物館となっています。
 ・メランヒトンの家 (Melanchthon's house)・・・人文主義者フィリップ・メランヒトンが住んでいた住居で、現在は、メランヒトンにゆかりのあるものが展示されています。
 ・町の教会 (The Town Church)・・・ルターが説教を行っていた教会で、マルクト広場に建っています。
 ・城付属聖堂 (The Castle Church)・・・「95ヶ条の論題」が扉に貼られたことで知られる教会堂で、現存する建物は19世紀に再建されたものです。

海外旅行は世界遺産のヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群へ行こう!

ヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群
Bauhaus and its Sites in Weimar and Dessau


海外旅行は世界遺産ヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4,6
登録年  1996年

 Dessau德紹

世界遺産のヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群は、ドイツ連邦共和国、チューリンゲン州ヴァイマールとザクセン・アンハルト州デッサウに設立された総合造形学校とその関連建物です。

世界遺産のヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群は、1919年、建築家のヴァルター・グロピウスによってヴァイマールで設立されました。
バウハウスはドイツ語で「建築の家」を意味しています。

世界遺産のヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群は、芸術家を養成する旧ザクセン大公立造形美術大学と専門技術者を養成する旧ザクセン大公立芸術工芸学校が合併してできた学校で、建築、工芸、美術を融合した新しい建築芸術を学ぶことが出来ました。

バウハウスは、ヴァイマール、デッサウ、ベルリンの順に移転していますが、世界遺産の登録にはベルリンは含まれていません。

ヴァイマール時代のバウハウスでは、。新しい様式の創出を理念とし、芸術的でありながら高性能で機能的、安価で大量生産可能な製品のデザインを目指していました。
そのため、雑誌『バウハウス』や多くの書籍も刊行して啓蒙活動も行っていました。

一方、1925年に移転したデッサウでのバウハウスは、顕著な方向性の転換を図ります。
顧客へのプレゼンテーションで計測と計算をむみ新しい校長の下で、バウハウスは収益を上げたものの、同時にトラブルも引き起こしました。

その後、1932年には、デッサウのバウハウスも閉鎖され、ベルリンへと移っています。

【世界遺産ヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群の見どころ】

ヴァイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群では、バウハウスで創作された多くの作品が、世界のモダニズム建築やアートに大きな影響を与えたことなどが評価され、世界遺産登録されています。

《ヴァイマールのバウハウス登録物件》
・ウハウス大学本部棟
・バウハウス大学のヴァン・デ・ヴェルデが手がけた建物
・ハウス・アム・ホルン

《デッサウのバウハウス登録物件》
・デッサウ・バウハウス
・親方の家

海外旅行は世界遺産のケルン大聖堂へ行こう!

ケルン大聖堂地域
Cologne Cathedral


海外旅行は世界遺産ケルン大聖堂に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のケルン大聖堂をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,4
登録年  1996年

Cologne Cathedral 03

世界遺産のケルン大聖堂は、ドイツ連邦共和国、中西部、ノルトラインヴェストファーレン州のライン川西岸の都市ケルンにあるカトリック教会の大聖堂です。

世界遺産のケルン大聖堂は、高さ157mのドイツ最大の大聖堂で、ゴシック様式の建築物としては世界最大です。

現在の世界遺産のケルン大聖堂は3代目で、最初の大聖堂は4世紀にまで遡ります。

818年に2代目の大聖堂が完成し、12世紀後半に東方三博士の聖遺物がおかれたことで多くの巡礼者を集め、ケルンの発展に貢献しました。

現在の世界遺産のケルン大聖堂は、1218年に建設が開始されますが、16世紀に入ると財政困難から建設が一時中断されます。

結局、世界遺産のケルン大聖堂の建設が再開されたのは、19世紀に入ってからでした。

その後、世界遺産のケルン大聖堂は、第二次世界大戦で連合軍の攻撃を受けるも全壊には至りませんでした。

世界遺産のケルン大聖堂は、1956年までには修復工事により元の姿に復元されています。

尚、世界遺産のケルン大聖堂の正式名称は、「ザンクト・ペーター・ウント・マリア大聖堂(Dom St. Peter und Maria)」です。

【世界遺産ケルン大聖堂の見どころ】

世界遺産のケルン大聖堂の南塔にはケルン市街を一望できる展望台があます。
ただし、エレベーターなどがないため、展望台へ行くには約500段もの階段を上ることになります。

自分の足で登った展望からの眺めは格別です。

また、大聖堂の中には歴史的に貴重な金銀細工なども残されています。
その他、宗教画やステンドグラスなども見ごたえがあります。

海外旅行は世界遺産のメッセル・ピットの化石地域へ行こう!

メッセル・ピットの化石地域
Messel Pit Fossil Site


海外旅行は世界遺産メッセル・ピットの化石地域に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のメッセル・ピットの化石地域をご紹介します。

登録区分 自然遺産
登録基準 8
登録年  1995年

Grube Messel - Messel Pit

世界遺産のメッセル・ピットの化石地域は、ドイツ連邦共和国、ヘッセン州フランクフルト南部のダルムシュタット近郊のメッセル村にある採掘場跡地です。

世界遺産のメッセル・ピットの化石地域からは、恐竜が滅び、ほ乳類が地球の主役になり始めた約4700万年前の化石が数多く出土してます。

世界遺産のメッセル・ピットの化石地域で発見された化石は大量であると同時に多種多様で、その保存状態も良好で、地質学的・古生物学的にも貴重なものとものとされています。

世界遺産のメッセル・ピットの化石地域で発掘される化石は、オイルシェールという酸素の少ない土壌が腐敗を阻むため、多数の完全な骨格、種によっては羽毛や皮膚の痕跡さえ残っています。
その保存状態の良さは世界一とも言われています。

発見された化石は、原始ウマ、アリクイ、霊長類、トカゲ、ワニ、魚類、昆虫類、植物など多肢に渡っています。

メッセル・ピットの化石地域は、5300万~3700万年前の環境を知る手がかりであり、世界的に貴重な資料であることが評価され、世界遺産に登録されました。


【世界遺産メッセル・ピットの化石地域の見どころ】

世界遺産メッセル・ピットの化石地域の採掘場内には、特別に企画されたツアーの一環としてしか、認められていないません。

しかし、メッセルの博物館、ダルムシュタットにあるヘッセン州の博物館、フランクフルトのゼンケンベルク博物館には世界遺産メッセル・ピットの化石地域で発見された化石が展示されています。

Messel Pit Propaleotherium

また、採掘場近くの駐車場から歩いてい行ける展望台では、採掘場を一望出来ます。

海外旅行は世界遺産のフェルクリンゲン製鉄所へ行こう!

フェルクリンゲン製鉄所
Volklingen Ironworks


海外旅行世界遺産フェルクリンゲン製鉄所に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産フェルクリンゲン製鉄所をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  1994年

volklingen ironworks

世界遺産フェルクリンゲン製鉄所は、ドイツ連邦共和国、西部ザールラント州にある旧製鉄所です。

世界遺産フェルクリンゲン製鉄所は、銑鉄精錬の全工程を見学できる施設として大変貴重である、ヨーロッパにおいても重要な産業遺産となっています。

フェルクリンゲン製鉄所は、1994年に世界遺産に登録されていますが、産業資産として登録されたのは、フェルクリンゲン製鉄所が世界初です。

世界遺産のフェルクリンゲン製鉄所は、1873年に製鉄技術者のユリウス・ブーフがザール川に面したフェルクリンゲン近郊に製鋼所を創設したことがその始まりです。
しかし、6年後には高い関税が原因で、製鉄所は閉鎖に追い込まれてしまいます。

その後、1881年にカール・レヒリングに買い取られたフェルクリンゲン製鉄所は、1890年にはドイツ最大の規模に成長します。

世界遺産のフェルクリンゲン製鉄所は、1928年に焼結技術がもたらされ、ヨーロッパで最新・最大の焼結施設を持つこととなります。

そして、第二次世界大戦でも戦火を逃れたフェルクリンゲン製鉄所も1975年の鉄鋼危機の影響で、経営権が他社に移るなどと、最終的には、1986年び操業を停止すつこととなります。


【世界遺産フェルクリンゲン製鉄所の見どころ】

現在、世界遺産のフェルクリンゲン製鉄所は、博物館となっています。

また、世界遺産のフェルクリンゲン製鉄所では、様々な文化行事が開催されています。
ジャンルは、野外ロックコンサートから室内楽に至るコンサート活動や、人類・自然・テクノロジーをテーマにした展覧会など、幅広いです。

海外旅行は世界遺産のクヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街へ行こう!

クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街
Collegiate Church, Castle, and Old Town of Quedlinburg


海外旅行は世界遺産クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のクヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 4
登録年  1994年

UNESCO - Collegiate Church, Castle, and Old Town of Quedlinburg


世界遺産のクヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街は、ドイツ連邦共和国、中部ザクセン・アンハルト州の都市にある司教座教会、城などの遺跡群です。

世界遺産クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街は、かつて商業都市として栄え、中世には東フランケン公国の首都でした。

世界遺産クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街では、921年に当時の領主ハインリヒ1世によって、まず宮殿が建設され、彼の死後、その妻によって女子修道院が創設されました。

その後、修道院は聖セルヴァティウス修道院聖堂に建て替えられて、ロマネスクを代表する建築物となりました。

また、ハインリヒ1世の息子で神聖ローマ帝国初代皇帝のオットー1世は、父親が基礎を築いたクヴェートリンブルク城を整備拡張し帝国の宮殿としました。

旧市街には、領主が石造りの建築を禁止したため、模造建築の家々が立ち並んでいます。

【世界遺産クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街の見どころ】

世界遺産クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街には、1300棟以上のロマネスク様式の美しい建物ファッハヴェルクハウス(木組みの家)や、グリュンダーツァイト時代(泡沫会社乱立時代)、ユーゲントシュティール時代の邸宅が今なお残り、ロマネスク街道の秘都と呼ばれています。

聖セルヴァティウス修道院聖堂にはハインリヒ1世の墓地があります。

この他、世界遺産クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会には、ヴィペルティ教会の地下聖堂、ミュンツェンベルクのマリア修道院、ライオネル・ファイニンガー美術館、木組みの家博物館、ステンドグラスと工芸博物館、蒸気機関車の運行もある狭軌鉄道の中部ドイツ鉄道とおもちゃ博物館など、多くの見どころがあります。

海外旅行は世界遺産のマウルブロンの修道院群へ行こう!

マウルブロンの修道院群
Maulbronn Monastery Complex


海外旅行は世界遺産のマウルブロンの修道院群に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のマウルブロンの修道院群をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  1993年

Maulbronn - Monastery

世界遺産のマウルブロンの修道院群は、ドイツ連邦共和国、バーデン=ヴュルテンベルク州にあるマウルブロンの町に残る中世の修道院群です。

1147年に建てられた世界遺産のマウルブロンの修道院群は、ヨーロッパに残る中世のシトー会修道院の中でも、付属する建造物群も含めた総体が、最もよく保存されています。

世界遺産のマウルブロンの修道院群の付属の教会は、ロマネスク様式からゴシック様式に移行する建築様式の変遷が見られることが特徴的です。

世界遺産のマウルブロンの修道院群のうち、診療所、食堂、貯蔵室、総会室、玄関、南の回廊、ホール、鍛冶場、宿泊所、桶工場、製粉所、礼拝堂といった様々な建物は、13世紀中に建てられ、北、西、東の回廊は、最も要塞化が行われていた14世紀のものです。

修道院は、16世紀にはプロテスタントの神学校となっていまます。

また、世界遺産のマウルブロンの修道院群は、ノーベル文学賞受賞作家ヘルマン・ヘッセの小説「車輪の下」の舞台となったことでも知られています。

この小説では、主人公ハンスがマウルブロン修道院に併設されていた神学校に通っていまますが、ヘルマン・ヘッセ自身がマウルブロンの神学校に通っていたことがあることから自伝的小説とされています。


【世界遺産マウルブロンの修道院群の見どころ】

世界遺産マウルブロンの修道院群では、今もパン工場や穀物倉庫の跡が残されています。

また、ヘルマンヘッセの小説「車輪の下」にも登場する噴水つきの礼拝堂は、世界遺産マウルブロンの修道院群の中でも是非とも見ておきたいスポットです。

海外旅行は世界遺産のバンベルクの町へ行こう!

バンベルクの町
Town of Bamberg


海外旅行は世界遺産のバンベルクの町に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のバンベルクの町をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  1993年

Bamberg: St. Michael's Church

世界遺産のバンベルクの町は、ドイツ連邦共和国、バイエルン州バンベルク市の旧市街です。

世界遺産のバンベルクの町は、1007年、後に神聖ローマ皇帝となるハインリヒ2世が、この地に司教座を置き、キリスト教の町として発展し、「バイエルンの真珠」と称えられる、ドイツ屈指の古都です。

バンベルクの町は、第二次世界対戦でも実質的な被害を受けることなく、中世の景観が保たれているドイツでは稀な町であることが評価され世界遺産に登録されました。

【世界遺産バンベルクの町の見どころ】

世界遺産のバンベルクの町の最大の見どころは、1012年に神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世が建設し、1237年に再建された大聖堂です。
この大聖堂は後期ロマネスク様式の建造物で、4つの尖塔があり、大聖堂の大きさは長さ約94m、幅28m、高さ26mで、尖塔の高さはいずれも約81mです。
聖堂内には、ハインリヒ2世と皇后クニグンデの石棺、バンベルクの騎士像などが残されています。
このバンベルクの騎士像は中世彫刻美術の傑作といわれています。

1251年から1553年の間、バンベルク司教の宮殿だったアルテンブルク城は、バンベルクの7つの丘のうち最も高い丘(386m)に残されていてます。

この他、世界遺産のバンベルクの町ではゴシックの旧宮殿、バロックの新宮殿、旧市庁舎、聖堂、ビールの醸造所などが見られます。
世界遺産のバンベルクの町の旧市庁舎は、14世紀に橋の中ほどの人工島の上に建てられ、水面に浮かぶ姿は印象的です。

Town Hall of Bamberg in Germany

海外旅行は世界遺産のランメルスベルク鉱山、古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システムへ行こう!

ランメルスベルク鉱山、古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム
Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System


海外旅行は世界遺産ランメルスベルク鉱山、古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システムに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のランメルスベルク鉱山、古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システムをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,4
登録年  1992年
拡張年  2010年


Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System

世界遺産のランメルスベルク鉱山、古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システムは、ドイツ連邦共和国、ザクセン州南部のハルツ地方にある非鉄金属の鉱山と、それによって栄えた歴史都市、さらに採掘や冶金に活用された排水や水力の管理体系という、鉱業に関する包括的な産業遺産群です。

世界遺産のランメルスベルク鉱山、古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システムは、1992年に「ランメルスベルク鉱山と古都ゴスラー」の名で世界遺産登録され、2010年にオーバーハルツ水利管理システムが追加され、現在の名で登録されています。

ランメルスベルク鉱山は、古都ゴスラーの南東1kmに位置する鉱山で、紀元前3世紀には採掘が始まっていたとされていますが、現存する記録は11世紀初頭のものが最古です。

ランメルスベルク鉱山では、銅、錫、金、鉛など多岐にわたる金属が産出されましたが、とりわけ銀の産出量が豊富だったとされています。

1988年にラメルスベルク鉱山が閉鎖されるまで、大よそ1000年にわたって採掘が行われてきました。

古都ゴスラーは、ランメルスベルク鉱山での銀の採掘により貨幣が作られ、ハインリヒ2世の宮殿が建設され、宮殿で帝国議会が開かれるようになり、神聖ローマ帝国の重要な拠点となりました。

13世紀には、古都ゴスラーは、ハンザ同盟に加わり、ランメルスベルクの鉱物資源を主たる交易商品として、さらに繁栄しました。

しかし、ゴスラーもまたランメルスベルク鉱山の鉱物の枯渇にまつわる閉鎖とともに衰退していきました。

ランメルスベルク鉱山などの南部に位置するオーバーハルツ水利管理システムは、約800年間使われてきた水の管理体系で、人工池やダム、水路、トンネル、排水施設などが含まれます。

【世界遺産ランメルスベルク鉱山、古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システムの見どころ】

町の中心地、マルクト広場には定時に鉱山の歴史を演じる人形を見られるからくり時計付の時計塔や1200年頃にさかのぼる噴水のほか、ゴシック様式の市庁舎(15世紀)、ホテルとして使われているゴシック様式のギルド会館(1494年)などがあります。

市内には、ハインリヒ3世の心臓が納められている皇帝宮殿内の聖ウルリヒ宮中礼拝堂や、マルクト広場裏手のマルクト聖堂(1170年)、シトー会修道院付属聖堂を前身とするロマネスク様式のノイヴェルク聖堂(1186年)などの古いキリスト教建築物も残されています。

また、ランメルスベルク鉱山閉鎖後の鉱山と産業の歴史を示すために博物館もあります。

海外旅行は世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターへ行こう!

ロルシュの王立修道院とアルテンミュンスター
Abbey and Altenmünster of Lorsch


海外旅行は世界遺産ロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,4
登録年  1991年


UNESCO - Abbey and Altenmünster of Lorsch

世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターは、ドイツ連邦共和国、中西部のヘッセン州にある小さな町ロルシュにある修道院と聖堂です。

世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターは、カロリング朝の修道院の中では特によく知られたものの一つとされています。

世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターは、764年に、フランク王国の貴族カンコルと彼の母ヴィリスヴィンダによって建てられました。

翌年の765年に聖堂に聖ナザリウスの聖遺物が収められると、世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターは、一躍優有名になり、ヨーロッパ各地から巡礼者が訪れるようになりました。

9世紀には、多くの蔵書を有する付属図書館が建てられ、世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターは、修道士たちの学問や修行の場としても知られるようになりました。

ローマ教皇たちや皇帝たちによって様々な特権や領地を与えられ、世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターは、経済的に裕福なだけでなく、政治的影響力の根拠地ともなっていったのです。

そして、ロルシュの王立修道院は、帝国修道院となり、神聖ローマ皇帝に唯一直接的に臣従することとなりました。
カロリング朝のルートヴィヒ2世とルートヴィヒ3世が、ここに葬られていることでもその影響力の大きさをうかがい知ることが出来ます。

しかし、世界遺産のロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターにも終焉のときがやってきます。
三十年戦争中には、ロルシュとその周辺は大きな損害を蒙り、ロルシュの建物のほとんどが破壊され、村全体が廃墟と化しました。

【世界遺産ロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターの見どころ】

現在、世界遺産ロルシュの王立修道院とアルテンミュンスターとなっているこの場所は、廃墟となっていますが、唯一かつての楼門である「王の門」が創建当時の良好な状態で残されています。

「王の門」は、8世紀末~9世紀初頭に皇帝ルドヴィーコ3世が建造したもので、カロリング朝の建造物として、古さ、美しさの両面から極めて重要だといわれています。

海外旅行は世界遺産のポツダムとベルリンの宮殿群と公園群へ行こう!

ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群
Palaces and Parks of Potsdam and Berlin


海外旅行は世界遺産ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のポツダムとベルリンの宮殿群と公園群をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,4
登録年  1990年
拡張年  1992年、1999年

Palaces and Parks of Potsdam and Berlin

世界遺産のポツダムとベルリンの宮殿群と公園群は、ドイツ連邦共和国、北東部に位置するポツダムと首都ベルリンにある複数の旧宮殿建造物とその付属庭園(公園)その他の総称です。

ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群は、1990年に世界遺産に登録され、その後、1992年と1999年に登録物件が拡張されています。

世界遺産のポツダムとベルリンの宮殿群と公園群の中でも代表的な宮殿が、1747年にプロイセン王国のフリードリヒ2世(大王)が建造したポツダムのサンスーシ宮殿で、ドイツ・ロココ様式の最高傑作と言われています。

また、世界遺産のポツダムとベルリンの宮殿群と公園群のもうひとつの目玉は、1945年に「ポツダム会談」が行われたツェツィーリエンホーフ宮殿も有名です。

【世界遺産ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群の見どころ】

サンスーシ宮殿は、外装は比較的簡素ですが、内装は「フレデリック式ロココ」様式で、壁から天井まで豪華に飾られています。
この様式では、自然な花綱飾りと主調色として用いられるパステル・カラーを様式上の特徴としています。

室内には、音楽や詩を楽しめる空間として設計された音楽演奏室があるなど、芸術を愛した王の人間性が反映されています。

また、宮殿内の美しい庭園には、絵画展示館や中国茶館があります。

一方、ツェツィーリエンホーフ宮殿の方は、ポツダムのハイリガー湖とユングフェルン湖に挟まれた美しい庭園が特徴の宮殿です。
現在は一部がホテルとして利用されています。
宿泊費は高額ですが、世界遺産ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群のホテルとあってか、人気のホテルとなっています。

海外旅行は世界遺産のハンザ同盟都市リューベックへ行こう!

ハンザ同盟都市リューベック
Hanseatic City of Lübeck


海外旅行は世界遺産ハンザ同盟都市リューベックに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のハンザ同盟都市リューベックをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 4
登録年  1987年

Hanseatic City of Lübeck

世界遺産のハンザ同盟都市リューベックは、ドイツ連邦共和国、北部シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の港湾都市です。

世界遺産のハンザ同盟都市リューベックは、1143年にバルト海の貿易拠点として、ホルシュタイン伯アドルフ2世によって建設され、ヨーロッパ北部の商業の中心として繁栄しました。

やがてリューベックでは、市民たちが力を持って、1226年には自治権を獲得し、13世紀後半に北ドイツの商業都市が結んだハンザ同盟の中核都市となりました。

ハンザ同盟は最盛期には200以上の町が加盟していたとされ、リューベックでは不定期で「ハンザ会議」が開かれていました。

13〜16世紀にかけて商業が発展し、「ハンザ同盟の盟主」としてバルト海に君臨した世界遺産のハンザ同盟都市リューベックは、「バルト海の女王」と呼ばれていました。

しかし、17世紀にハンザ同盟が衰退とともにリューベックも衰退していきました。

【世界遺産ハンザ同盟都市リューベックの見どころ】

運河に挟まれた中世を思わせるハンザ同盟都市リューベックの町並みは美しく、船での周遊が観光の目玉です。

古い船員組合の建物がレストランになっていて、大航海時代の巨大な帆船模型が天井から吊り下げられ、また壁面はさまざまな航海の様子を描いた油彩で飾られた中での魚料理はまた格別と評判です。

旧市街入り口には1478年に建造されたホルステン門があり、マルクト広場に面して黒レンガ造りの市庁舎があります。
その隣には、ゴシック様式のマリエン教会があります。

また、リハンザ同盟都市リューベックは、小説家トーマス・マン(1875~1955年)が生まれた町としても有名です。
『ブッデンブローク家の人々』は、この町に住んだ彼の一族がモデルで、祖父の家は記念館になっています。

海外旅行は世界遺産のトリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会へ行こう!

トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会
Roman Monuments, Cathedral of St Peter and Church of Our Lady in Trier


海外旅行は世界遺産トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のトリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,3,4,6
登録年  1986年

Cathedral & Church Of Our Lady, Trier - Germany.

世界遺産のトリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会は、ドイツ連邦共和国西部、ラインラント‐プファルツ州の歴史都市、トリーアの町にある遺跡群です。

世界遺産のトリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会は、古代ローマ時代以降の8件の遺跡や聖堂、および近隣のイゲルに残る遺跡1件がまとめて登録されています。

世界遺産のトリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会がある町トリーアは、ローマ帝国のライン地方統治の拠点として造られたドイツ最古の町です。

紀元前1世紀からローマ帝国の一都市として栄えたトリーアは、その後1世紀前半には商業の中心地となり、第2のローマと称されたこの町では、町の至る所に、ローマ時代の遺跡やキリスト教の大聖堂などが残されています。

そして、中世時代にはトリーアは、大司教座として再び栄えました。

《世界遺産のトリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会の登録対象》
・円形劇場(Ampitheatre)
・モーゼル川の橋(Moselle Bridge)
・バルバラ浴場(Barbara Baths)
・ポルタ・ニグラ(Porta Nigra)
・皇帝浴場(Imperial Baths)
・アウラ・パラティナ ( バシリカ)(Aula Palatina(Basilica))
・大聖堂(Cathedral)
・聖母マリア教会(Church of Our Lady (Liebfrauenkirche))
・イゲルの円柱(Igel Column)

【世界遺産トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会の見どころ】

円形劇場・・・古代ローマ時代のアンフィテアトルムの遺跡で、現存する古代ローマ時代の円形劇場の中でも十指に入る規模です。
モーゼル川の橋・・・2世紀に建てられたローマ橋のことで、現在でも使用されています。
バルバラ浴場・・・ポルタ・ニグラや大聖堂からは少し南西に離れた場所にある浴場の遺構で、建造は少なくとも2世紀以前にまで遡る事ができます。
ポルタ・ニグラ・・・2世紀末に建てられた巨大な城門です。
皇帝浴場・・・、コンスタンティヌス帝の時代につくられた巨大浴場で、カラカラ浴場などに次いで、古代ローマ時代の共同浴場としては屈指の規模です。
大聖堂・・・ドイツ最古の大聖堂にしてこの都市の司教座聖堂で、世界遺産の登録名「トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会」にもあるように、「聖ペテロ大聖堂」とも呼ばれています。様々な建築様式が混在しています。
聖母マリア教会・・・1235年から1260年にかけて建てられたゴシック様式の聖堂で、ドイツ最古の大聖堂です。
イゲルの円柱・・・トリーア近隣の町にあり、高さ 23 mの円柱(墓碑)が残されています。

海外旅行は世界遺産のヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会へ行こう!

ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会
St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim


海外旅行は世界遺産ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,3
登録年  1985年
拡張年  2008年

Germany - St Michael's Church, part of the "St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim"

世界遺産のヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会は、ドイツ連邦共和国、ニーダーザクセン州ヒルデスハイムにある2つの教会です。

世界遺産のヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会のうち、聖マリア大聖堂は、1010年から1020年にかけて古ザクセン時代のオットー朝ロマネスク様式で建設されました。

この様式は、2つの後陣を伴う対称形となっているのが特徴的です。

聖マリア大聖堂は、11世紀から14世紀にかけて拡張されましたが、1945年の空襲で完全に破壊されました。
その後、1950年から1960年の間に再建されましたが、優美な内装は失われたままです。

世界遺産のヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会の、もう一方の聖ミカエル教会は、ヒルデスハイムの司教ベルンバルトによって、1010年から1020年にかけて建設されました。

聖ミカエル教会の名は、ベルンバルト司教が大天使ミカエルにちなんでつけ、司教の遺骸はこの教会の地下に埋葬されています。

聖ミカエル聖堂もまた、第二次世界大戦の間に空襲で爆撃されましたが、1950年から再建が開始され、1957年に完了しています。

聖ミカエル聖堂は、早期ロマネスク様式の重要な教会のうちの1つとされています。

【世界遺産ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会の見どころ】

世界遺産ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会の聖マリア大聖堂には、11~12世紀頃の工芸品が数多く残されており、中でも「青銅製の扉」は有名です。
この時期の工芸品のコレクションとしてもヨーロッパ随一であると評価されています。

聖マリア大聖堂には中庭があり、1321年に建造されたゴシック様式のアンネのチャペルがあります。
また、大聖堂の後陣の中庭側の壁には、樹齢1000年のバラがあり、現在も毎年花を咲かせています。

聖ミカエル教会本堂の天井には13世紀に書かれた天井画が残されており、クワイアと回廊に描かれたこの天井画(1230年頃)は、聖ミカエル聖堂で最も重要とされています。
この天井画「エッサイの樹」は、1300枚の木板にエッサイからイエス・キリストにいたる系譜が描かれており、第二次世界大戦中は解体して保管されたほど貴重な作品です。

海外旅行は世界遺産のブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストへ行こう!

ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト
Castles of Augustusburg and Falkenlust at Brühl


海外旅行は世界遺産ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  1984年

OCTOBER RR 2010 – #16 anjaaustel

世界遺産のブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストは、ドイツ連邦共和国、ノルトライン・ヴェストファーレン州のブリュールにある宮殿と別邸です。


アウグストゥスブルク宮殿は、1725年にケルン大司教のクレメンス・アウグストが建設を命じた別荘宮殿でロココ様式の傑作と言われています。
ファルケンルスト城は、アウグストゥスブルク宮殿より約2キロの場所に建つ別邸で、鷹狩りを行うための城です。

世界遺産のブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストの2つの建物は、シュロス庭園で繋がっています。

アウグストゥスブルク宮殿の建築をあたったのは、ヨハン・コンラート・シュラウンで、彼はブリュールにもともとあった中世の城を改築する形で質素な宮殿を作り上げましたが、1727年からフランソワ・ド・キュヴィイエが手がけた再改築によって、現存するロココ様式の壮麗な宮殿が出来上がりました。

宮殿内には、バルタザール・ノイマンが手がけた華やかな階段室があります。

別邸ファルケンルストの建築にあたったのはキュヴィイエで、この別邸はケルン大司教の東洋趣味を反映してロココ様式とシノワズリが同居しています。

世界遺産のブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストの2つの建物を結ぶシュロス庭園は、ドミニク・ジラールの手によるものです。

【世界遺産ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストの見どころ】

世界遺産ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルストの「階段室」は、華麗な天井フレスコ画と柱の彫刻が特徴的です。
これらの装飾は、ドイツにおけるロココ様式の先駆けであり最高傑作と言われています。

Castles of Augustusburg and Falkenlust at Brühl

別邸ファルケンルストには、吹き抜け階段の壁画には一面に鷹狩りの様子が描かれています。

海外旅行は世界遺産のヴィースの巡礼教会へ行こう!

ヴィースの巡礼教会
Pilgrimage Church of Wies


海外旅行は世界遺産ヴィースの巡礼教会に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のヴィースの巡礼教会をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,3
登録年  1983年

Pilgrimage Church of Wies

世界遺産のヴィースの巡礼教会は、ドイツ連邦共和国、バイエルン州、ミュンヘンの南西に位置するヴィースにあるキリスト教教会です。

世界遺産のヴィースの巡礼教会は、1745年から1754年にかけて宮廷画家だったヨハン・バプティスト(兄)と当時の高名な建築家ドミニクス・ツィンマーマン(弟)によって建てられました。

世界遺産のヴィースの巡礼教会の内装はロココ様式の最高傑作と言われており、主祭壇の天井フレスコ画は兄のヨハン・バプティストの作品です。

世界遺産のヴィースの巡礼教会起源は、マリアという農婦がシュタインガーデン修道院の修道士が彫った「鞭打たれるキリスト」の木像をもらい受けたことが始まりです。

マリアが「鞭打たれるキリスト」に祈りを捧げたところ、1738年6月14日、キリストの像が涙を流したといいます。
このとこが「ヴィースの涙の奇跡」として噂が広まり、マリアの家に押しかけたため、1740年に小さな礼拝堂が建てられましたが、巡礼者はますます増え、1746年に新たに教会が建てられることになりました。

これが、後に世界遺産登録されることとなるヴィースの巡礼教会です。


【世界遺産ヴィースの巡礼教会の見どころ】

世界遺産ヴィースの巡礼教会の外観は、牧場の中に建つ、非常に質素な教会ですが、ロココ様式の内部の装飾はヨーロッパ随一と言われており、主祭壇の天井フレスコ画は、「天から降ってきた宝石」とも讃えられています。

The Wies - Bavaria - Germany

世界遺産ヴィースの巡礼教会は、ロマンティック街道、ドイツ・アルペン街道の観光スポットの一つとなっている。

海外旅行は世界遺産のヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場へ行こう!

ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場
Würzburg Residence with the Court Gardens and Residence Square


海外旅行は世界遺産ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,4
登録年  1981年

UNESCO - Würzburg Residence with the Court Gardens and Residence Square

世界遺産のヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場は、ドイツ連邦共和国、ヴュルツブルクにある大司教の宮殿です。

世界遺産のヴュルツブルク司教館は、18世紀に権勢を誇っていたヨハン・フィリップ・フランツ司教が建造したバロック様式の宮殿で、設計はバルタザール・ノイマンの手によるものです。

世界遺産のヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場の建物内には様々な部屋がありますが、中でも有名なのが「階段の間」です。

1945年に、連合軍による大空襲でビュルツブルクの街は壊滅的な被害を受けたましたが、幸いにもヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場の丸天井を持つ部屋は焼け残りました。

その後、世界遺産のヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場は修復され、現在では館内の40以上の部屋で、家具、タペストリー、絵画、その他18世紀の宝物の数々が展示されています。

【世界遺産ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場の見どころ】

世界遺産のヴュルツブルク司教館、その庭園群の「階段の間」は、柱のない丸天井で覆われ、その天井には4大陸を代表するフレスコ画が描かれています。
このフレスコ画は、画家ティエポロの描いた、世界で一番大きいフレスコ天井一枚画です。

ノイマンの柱のない吹き抜けの天井は、当時では考えられない設計で、「設計ミス」とまでいました。

しかし、大空襲でこの丸天井が焼け残ったことで、ノイマンの設計が正しかったことがことが証明されたといいう皮肉な結果となりました。

海外旅行は世界遺産のシュパイヤー大聖堂へ行こう!

シュパイヤー大聖堂
Speyer Cathedral


海外旅行は世界遺産シュパイヤー大聖堂に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のシュパイヤー大聖堂をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2
登録年  1981年

Speyer Cathedral

世界遺産のシュパイヤー大聖堂は、ドイツ連邦共和国、西部ライン川沿いの町シュパイアーに聳える赤い砂岩でできた巨大なバシリカ式聖堂で、正式名称は「聖マリア・聖ステパノ大聖堂」です。

世界遺産のシュパイヤー大聖堂は、当時の皇帝コンラート2世が自身の永眠の場所として、1030年から1061年にかけて建てさせたものです。

世界遺産のシュパイヤー大聖堂が、ロマネスク様式最大級の聖堂であり、コンラート2世をはじめ多くの皇帝、王、その妻たち、司教が葬られています。

1900年に世界遺産のシュパイヤー大聖堂で一大発掘計画が実行されると、皇帝や王たち、そして幾人かの妻たちの修復された柩は、1906年に地下祭室に移されてこととなり、現在は一般に公開されています。

世界遺産のシュパイアー大聖堂は、1689年、ルイ14世の軍隊によって焼かれ、その後修復されるも、1794年に再びフランス軍によって壊されました。

1846年から1853年にかけて2度目の修復がされ、1961年には創建当時の姿に戻す修復工事が行われました。

このように何度も修復されているにも関わらず、シュパイアー大聖堂の建造物は元の姿を残しており、純粋なロマネスク様式を伝えていることなどが評価され世界遺産に登録されています。

【世界遺産シュパイヤー大聖堂の見どころ】

世界遺産シュパイアー大聖堂で特筆すべきは、東端と西端の配置のバランス、そして身廊と翼廊からなる本体の四隅にある塔の対称形の配置です。
その優れたバランス配置は、見事というより美しくさえあります。

海外旅行は世界遺産のアーヘン大聖堂へ行こう!

アーヘン大聖堂
Aachen Cathedral


海外旅行は世界遺産アーヘン大聖堂に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のアーヘン大聖堂をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,4,6
登録年  1978年

Germany - Aachen - Cathedral

世界遺産のアーヘン大聖堂は、ドイツ連邦共和国の西部、ベルギーにほど近いノルトライン・ヴェストファーレン州にある町アーヘンにあるカロリング朝時代に建てられた宮殿の付属礼拝堂です。

世界遺産のアーヘン大聖堂は、「皇帝の大聖堂」とも呼ばれ、その起源は、フランク王国のカール大帝が805年に完成させた宮廷礼拝堂であるとされています。
カール大帝の没後、自身がここに埋葬され、遺骨が納められいます。

世界遺産のアーヘン大聖堂では、八角形のドーム礼拝堂が特徴的で、 古典主義様式、ビザンティン様式そしてゲルマン様式-フランク王国様式の要素を備えた美しい建築様式が評価されています。

また、世界遺産のアーヘン大聖堂は、936年から1531年にかけての約600年間に神聖ローマ帝国の30人の皇帝たちの戴冠式が執り行われた場所でもあります。

世界遺産アーヘン大聖堂は、北部ヨーロッパでは最古の宮殿教会で、一千年以上の時を経て、現在の装いに調えられました。

尚、世界遺産アーヘン大聖堂は、ドイツの数ある世界遺産のうち、最初の世界遺産登録物件です。

【世界遺産アーヘン大聖堂の見どころ】

Choir hall in the Aachen Cathedral (Aachener Dom) Aachen Germany

ゴシック建築の時代に聖歌隊のためのホールが造営され、カール大帝没後600年を記念して奉献された「ガラスの礼拝堂」の美しいステンドグラスは、見ごたえがあります。

また、世界遺産アーヘン大聖堂の宝物館は、後期古典主義、カロリング朝時代、オットー朝とシュタウヘン朝の時代の傑作を展示しており、それらの中には「ロタールの十字架」や「カール大帝の胸像」や「ペルセフォネの石棺」のようなユニークな展示がいくつか見られます。

海外旅行は世界遺産のサン・ジョルジオ山へ行こう!

サン・ジョルジオ山
Monte San Giorgio


海外旅行は世界遺産サン・ジョルジオ山に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のサン・ジョルジオ山をご紹介します。

登録区分 自然遺産
登録基準 8
登録年  2003年
拡張年  2010年

San Giorgio CH

世界遺産のサン・ジョルジオ山は、スイス連邦、ティチーノ州の南部にあるピラミッド型をした山です。

サン・ジョルジオ山は、2003年にスイスの世界遺産に登録されましたが、2010年にイタリアにまで範囲が拡大されています。

両国にまたがる世界遺産のサン・ジョルジオ山は、標高1,097mでピラミッド型をしており、木々が生い茂る緑豊かな山です。

そして、世界遺産のサン・ジョルジオ山にある中生代三畳紀の魚や昆虫、爬虫類などの無脊椎動物の化石は、貴重な遺産とされています。

世界遺産のサン・ジョルジオ山にあるこれらの化石は、200万年前、この地方が亜熱帯性気候だった頃に現在の地表から100m下の海水のくぼ地にあったものと考えられており、現在までに、10,000以上の化石標本が見つかっています。

現在、世界遺産のサン・ジョルジオ山での化石調査には厳格な規制が敷かれているため、大学などの高等研究機関以外の発掘は認められていません。


【世界遺産サン・ジョルジオ山の見どころ】

世界遺産サン・ジョルジオ山は、緑豊か山で、ルガーノ湖に囲まれており、その風景自体もたいへん美しいと評判ですが、実は登山が可能で、ハイキングコースもあります。

世界遺産サン・ジョルジオ山は、メリデ、リーヴァ・サン・ヴィターレ、ブルジノ・アルシツィオと、三市にまたがって、メリダには化石博物館もあります。
化石に興味のある方は、こちらに足を運んでみてはいかがでしょうか?

海外旅行は世界遺産のスイス・アルプスのユングフラウとアレッチへ行こう!

スイス・アルプスのユングフラウとアレッチ
Swiss Alps Jungfrau-Aletsch


海外旅行は世界遺産スイス・アルプスのユングフラウとアレッチに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のスイス・アルプスのユングフラウとアレッチをご紹介します。

登録区分 自然遺産
登録基準 7,8,9
登録年  2001年
拡張年  2007年

Eiger, Mönch & Jungfrau

世界遺産のスイス・アルプスのユングフラウとアレッチは、スイス連邦、ベルン州とヴァレー州にまたがる総面積824km2に、アイガー・メンヒ・ユングフラウというスイスが誇る3名峰を含む9箇所もの山々とヨーロッパ最大・最長のアレッチ氷河を抱く雄大な地域です。

多様性のある気候帯、高山植物や動物など多彩な生態系、アルプスを代表する貴重な大自然とともに、アルピニズムの歴史、芸術や文学、山岳観光など多くの分野で重要な役割を果たしたことも評価され、2001年に「ユングフラウ - アレッチ - ビエッチホルン地域 Jungfrau-Aletsch-Bietschhorn」の名で世界遺産登録されました。

その後、2007年に世界遺産のスイス・アルプスのユングフラウとアレッチは、東はグリンセル峠 ( Grimselpass ) とマイリンゲン ( Meiringen )、西側へはエシネン湖 ( Öschnensee ) とロッチェン谷 ( Lötschental ) のふもとまで、登録対象が拡大され、現在の名称に変更されました。

世界遺産のスイス・アルプスのユングフラウとアレッチは、その大きさだけでもかなり壮大で、ユーラシア大陸で最も巨大であるとされています。

世界遺産のスイス・アルプスのユングフラウとアレッチの氷河の長さは23.6km、面積は128km²、水の総重量は270億トンになります。
アレッチ氷河を取り囲む9つの山頂はいずれも4,000m級で、平均の標高は4,108mです。

【世界遺産スイス・アルプスのユングフラウとアレッチの見どころ】

ヨーロッパ最高地点(標高3,454m)にある鉄道駅、ユングフラウヨッホでアレッチェの氷河を目の当たりに出来ます。
Switzerland, Swiss Alps Jungfrau-Aletsch

高速エレベーターでスフィンクス展望台に上がれば、約24kmにわたって延々と続くアレッチ氷河が見られます。
見渡す限りの銀世界は、まさに絶景です。

世界遺産スイス・アルプスのユングフラウとアレッチfrは、氷河トレッキングやスキー、犬ぞりなどに興じる人もいます。

海外旅行は世界遺産のベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁へ行こう!

ベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁
Three Castles, Defensive Wall and Ramparts of the Market-Town of Bellinzone


海外旅行はベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 4
登録年  2000年

Castlegrande

世界遺産のベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁は、スイス連邦、首都ベルン南東、ティチーノ州の州都ベリンツォーナのカステル・グランデ、カステーロ・ディ・モンテベーロ、カステーロ・ディ・サッソ・コルバーロの3つの城塞と防衛施設のことです。

ベッリンツォーナはアルプス山脈の南の深い渓谷の入り口に位置し、イタリアへの国境も近いとこから、多くの道が集まる交通の要衝でした。

そのため、世界遺産のベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁は、戦略的に重要な拠点であり、ゴッタルド峠を守る役割を果たしました。

世界遺産のベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁の3つの城は、中世における軍事建築の重要性の例証となっており、ベリンツォーナ旧市街は、ヨーロッパの歴史都市の中でも、時代ごとの人々の要求を絶えず受け入れて発展してきたユニークな例になっています。

【世界遺産ベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁の見どころ】

カステル・グランデ
 ベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁の3つの城のうち、カステル・グランデは、最大であり、1高所にあるため、城へ行くためには狭い階段を上る必要がありました。
現在は、エレベーターを使用して、中庭に到達できる。城内には、博物館やレストラン、カフェ、多目的ホールなどがあり、ロマンチックなウエディングセレモニーや文化行事、公式の歓迎式が行われたりしています。

カステーロ・ディ・モンテベーロ
 カステル・グランデの向かいに建つカステーロ・ディ・モンテベーロは、幅5mのムラータ(防壁)で結ばれ、堀やはね橋など堅固な防御を誇っていました。
カステーロ・ディ・モンテベーロは、非常に不規則な形をしており、ひとつの塔と二つの中庭、そして住居群を含んでいます。
現在、城内には州立博物館があり、考古学に関する収集品が展示されています。

カステーロ・ディ・サッソ・コルバーロ
 二つの城から離れた丘の上に建てられたカステーロ・ディ・サッソ・コルバーロは、は、中世における軍事建築の重要性の例証となっており、ベリンツの3つの城のうち、最も標高が高い所に位置します。
現在、城内にはティチーノ民芸博物館があります。

防壁
 15世紀初頭に着工し、1480年頃に完成した防壁は、谷を貫通して横切り、一方はカステルグランデの城壁に繋がり、もう一方はティチーノ川近くで防衛の塔に繋がっています。
現在は、都市の南の方の城壁が残っています。

海外旅行は世界遺産のミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院へ行こう!

ミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院
Benedictine Convent of St John at Müstair


海外旅行は世界遺産ミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3
登録年  1983年

Benedictine Convent of St John at Müstair

世界遺産のミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院は、スイス連邦、東部、グラウビュンデン州の村ミュスタイアにあるベネディクト会の修道院です。

世界遺産のミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院は、780年にフランク王カール大帝の命により、建てられたとされています。

世界遺産のミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院は、1167年に女子修道院になり、現在でも建物の中に14人の修道女が労働と祈りの日々を送っています。

ミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院では、創設時のカロリング様式がきわめて良好な状態で保存されていることが、世界遺産登録に寄与したといわれています。

世界遺産のミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院では、20世紀の修復作業を通じて、1160年代以降のロマネスク様式のフレスコ画が発見されました。

【世界遺産ミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院の見どころ】

Frescoes of the Abbey

世界遺産のミュスタイアのベネディクト会聖ヨハネ修道院の内部は、簡素な外観とは対照的に内部は旧約聖書と新約聖書を題材にした、9世紀と12世紀の壮麗なロマネスク様式のフレスコ画やカール大帝時代の壁画で飾られています。

海外旅行は世界遺産のザンクト・ガレンの修道院へ行こう!

ザンクト・ガレンの修道院
Convent of St Gall


海外旅行は世界遺産ザンクト・ガレンの修道院に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のザンクト・ガレンの修道院をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  1983年

06-06-04 St Gallen 0015

世界遺産のザンクト・ガレンの修道院は、スイス連邦北東部の中心都市にある、ベネディクト派の修道院です。

世界遺産のザンクト・ガレンの修道院の起源は、613年にアイルランドから来た聖ガルスががシュタインナッハ川の川岸に建てた小屋で、720年に聖オトマールにより、聖ガルスの小屋跡に修道院が建設され、修道院は聖ガルスにちなんで「ザンクト・ガレン」と名づけられました。

世界遺産のザンクト・ガレンの修道院の現在の建物は、18世紀に建造されたもので、中世修道院の面影はないものの、重厚なバロック様式で、各所に壮麗な装飾が施されています。

また、ザンクト・ガレンの修道院は、中世から近世にかけてはヨーロッパ屈指の図書館として知られており、数多くの写本や稀観書が収蔵されています。
その蔵書数は、16万冊を超えています。

世界遺産には、このザンクト・ガレンの修道院と図書館が併せて登録されています。

【世界遺産ザンクト・ガレンの修道院の見どころ】

世界遺産ザンクト・ガレンの修道院の最大の見どころは、前述した図書館です。
1767年に完成した図書館は、ロココ様式で建てられており、館内は建造当時のままに保たれ、今でもエアコンや照明器具などの設備はありません。

また、世界遺産ザンクト・ガレンの修道院の図書館には、世界最古と言われる修道院の設計図、「ザンクト・ガレンの修道院平面図」が展示されています。

海外旅行は世界遺産のベルン旧市街へ行こう!

ベルン旧市街
Old City of Berne


海外旅行は世界遺産ベルン旧市街に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のベルン旧市街をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3
登録年  1983年

Berne

世界遺産のベルン旧市街は、スイス連邦の、首都ベルンの中世ヨーロッパ都市の姿を今に伝える美しい町並みが残っている旧市街です。

ベルンは、チューリッヒ、バーゼル、ジュネーブに次ぐ4番目の規模の都市で、1983年に中世の面影を残す旧市街全体が世界遺産ベルン旧市街として登録されました。

世界遺産のベルン旧市街は、1191年にツェーリング家のベルトルト5世によって、三方を自然の防壁となるアーレ川に囲まれた丘の上に建てられ、残る一方には城壁、堀、時計塔などが築かれました。

1218年にベルトルト5世が死去、ツェーリング家の断絶後に、ベルンは神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世から自由都市の特権を得ています。

1848年にベルンが、スイスの首都になると、世界遺産のベルン旧市街には、それを反映して新しい建物も見られるようになりました。

【世界遺産ベルン旧市街の見どころ】

時計塔(チェートクロッケ)・・・世界遺産ベルン旧市街の中でひときわ目を引くのが、この時計塔で、12世紀末に造られ、精巧な人形が動くからくり時計と天文時計は16世紀に据えつけられました。

Zytglogge (Clock tower), Berne

ベルン大聖堂・・・1421年から16世紀末にかけて建造され、ゴシック様式の高さ100mの尖塔があります。

アーケードと地下道・・・15世紀に造られたヨーロッパ最長といわれる6kmのアーケードで、一部は地下道になっており、砲塔、落とし穴などを備えた特徴的な建造物です。

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