各国の世界遺産を紹介しています。海外旅行が初めての方も、海外旅行の達人も海外に行くなら世界遺産を旅してみませんか?海外旅行で世界遺産を訪れる際の参考にして頂ければ幸いです。

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海外旅行は世界遺産のウルビーノ歴史地区へ行こう!

ウルビーノ歴史地区
Historic Centre of Urbino


海外旅行は世界遺産ウルビーノ歴史地区に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のウルビーノ歴史地区をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4
登録年  1998年



世界遺産のウルビーノ歴史地区は、イタリア共和国、中部マルケ州にあるペザロ・エ・ウルビーノ県の県都です。

世界遺産のウルビーノ歴史地区は、山間部の小さな街ですが、多くの文化遺産を擁する芸術の街として知られています。
かのラフォエロが、生まれ育ったのもこの世界遺産のウルビーノ歴史地区です。

世界遺産のウルビーノ歴史地区は中世にはウルビーノ公国の首府であり、ルネサンス期にモンテフェルトロ家の下で最盛期を迎えました。

モンテフェルトロ家でもっとも有名なのは、1444年から1482年に在位したフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロです。

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロは、傑出した傭兵隊長であっただけでなく、外交に長け、また熱烈な芸術と文芸の保護者であったのです。

【世界遺産のウルビーノ歴史地区の見どころ】

・ドゥカーレ宮殿・・・現在は国立マルケ美術館として一般公開されている宮殿は、ラファエロの「黙っている女」、ピエロ・デラ・フランチェスカの「セニガリアの聖母」「キリストの鞭刑」など、ルネッサンス絵画の傑作が集まっています。地下には昔の台所や公爵の風呂跡も残されています。目を見張るほど美しい中庭もあります。

・ラファエロの生家・・・ラファエロが14歳まで過ごした家で、フレスコ画の代表作「聖母子像」がああります。

・サン・ジョヴァンニ礼拝堂・・・「十字架磔刑図」や「聖ジョヴァンニの生涯」などサリンベーニ兄弟の後期ゴシック様式のフレスコ画が有名です。
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海外旅行は世界遺産のアクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バシリカへ行こう!

アクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バシリカ
Archaeological Area and the Patriarchal Basilica of Aquileia


海外旅行は世界遺産アクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バシリカに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のアクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バシリカをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,4,6
登録年  1998年



世界遺産のアクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バシリカは、イタリア共和国、北東部のアクイレイアにある古代ローマ時代の遺跡と大聖堂です。

アクイレイアは、紀元前181年に建設された古代ローマの植民都市を起源とし、古代ローマ最大の都市の一つされ、1世紀から4世紀にかけ交易都市として繁栄しました。

しかし、5世紀以降、アクイレイアの街は西ゴート族やフン族などの侵攻を受けてたびたび破壊され、再建のたびに都市は規模を縮小していきました。

その数世紀後の1031年、総大司教ポッポ(ポッポーネ) によって現在のアクイレイア大聖堂が建設され、1379年ごろに総大司教マルカド によってゴシック様式に改修されました。

【世界遺産のアクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バシリカの見どころ】

アクイレイアの最大の見どころである大聖堂は、陸屋根を持つバシリカ式聖堂で、アクイレイアが東方・中央ヨーロッパへの中継地として、キリスト教伝導という宗教的にも重要な役割を担っていたとされています。

大聖堂の内部は、4世紀以来のモザイク模様の敷石が見事です。



また、様々な時代のフレスコ画も見る事ができます。

海外旅行は世界遺産のスー・ヌラージ・ディ・バルーミニへ行こう!

スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ
Su Nuraxi di Barumini


海外旅行は世界遺産スー・ヌラージ・ディ・バルーミニに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のスー・ヌラージ・ディ・バルーミニをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,3,4
登録年  1997年



世界遺産のスー・ヌラージ・ディ・バルーミニは、イタリア半島の西、ティレニア海上に位置するサルデーニャ島中部のカリアリ県バルーミニにあるヌラーゲ考古遺跡中にです。

紀元前2世紀後半、バルーミニ村に堅固な石造りのヌラージ(要塞化した家屋)の建設が始められました。

今もサルデーニャ島内には、およそ7,000ものヌラージが残されています。

世界遺産のスー・ヌラージ・ディ・バルーミニ、巨石を円筒・円錐状に積み上げた独特の建物のヌラージは、塔や防壁、武器庫や井戸などからなっています。

スー・ヌラージ・ディ・バルーミニは、紀元前1世紀に古代カルタゴからの攻撃を耐え抜き、先史時代の貴重な建造物として残ったことが評価されて世界遺産登録されました。

【世界遺産のスー・ヌラージ・ディ・バルーミニの見どころ】

世界遺産のスー・ヌラージ・ディ・バルーミニでは、ガイドつきのツアーのみで見学が可能です。
なお、ツアーは30分おきに催行されています。

海外旅行は世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレへ行こう!

ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ
Villa Romana del Casale


海外旅行は世界遺産ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,3
登録年  1997年

Villa Romana del Casale

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレは、イタリア共和国、シチリア島のピアッツァ・アルメリーナ郊外約5キロメートルのところにある古代ローマの別荘(ヴィッラ)です。

3~4世紀に建てられた世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレには、50を超える部屋の床の豪華なモザイク装飾が残されていて、ローマ時代の最高傑作とされています。

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの建設目的は諸説ありますが、住居用であったとの説が有力です。

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレが実用として用いられていたのは150年に満たない期間で、12世紀頃には完全に放置されてしまいます。

その後、19世紀に世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの発掘が始められます。

【世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの見どころ】

世界遺産のヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの50mを超える大廊下には、ライオンやゾウ、カモシカ、キツネなどアフリカでの狩猟の様子、イルカと戯れる図、ビキニ姿で体操をする女性や4頭立ての馬車競技の図などが生き生きと表現されています。

IMG_9031 - Piazza Armerina (EN) - villa romana del casale - mosaico - le ragazze in bikini

このほか、床暖房を備えた当時最新鋭の浴場などが、保存の良い状態で残されています。

海外旅行は世界遺産のアグリジェントの遺跡地域へ行こう!

アグリジェントの遺跡地域
Archaeological Area of Agrigento


海外旅行は世界遺産アグリジェントの遺跡地域に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のアグリジェントの遺跡地域をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,3,4
登録年  1997年

Temple of Concord 3.

世界遺産のアグリジェントの遺跡地域は、イタリア共和国、シチリア島南部アグリジェントに残る考古遺跡です。

アグリジェントは、シチリア最後のギリシャ植民都市の一つで、紀元前6世紀にギリシャ人によって建てられました。

以来、地中海地方の中心都市となって、ギリシア・ローマ時代の都市造りに大きな影響を与えました。

アグリジェントの最盛期は紀元前480年頃で、当時の遺跡は、町周辺の小高い丘にある「神殿の谷(Valle dei Templi)」に残されています。

「神殿の谷(Valle dei Templi)」は、シチリア島の観光名所というだけでなく、イタリアの国定史跡にもなっています。

【世界遺産のアグリジェントの遺跡地域の見どころ】

世界遺産のアグリジェントの遺跡地域、神殿の谷には以下の7つの神殿遺跡があります。

ユーノー神殿・・・紀元前5世紀に建てられた神殿で、結婚の宴に使用されていました。

コンコルディア神殿・・・紀元前5世紀に建てられ、紀元6世紀にキリスト教の聖堂に転用されました。

ヘラクレス神殿・・・神殿の谷で一番古い神殿ですが、地震により現在は8本の柱のみが残っています。

ゼウス・オリンピア神殿・・・紀元前480年にカルタゴに勝利したことを記念して建造されました。

カストル・ポリュデウケス神殿・・・現在は、4本の柱が残るだけですが、世界遺産のアグリジェントの遺跡地域の象徴的存在です。

ウルカヌス神殿・・・紀元前5世紀に建てられ、最も荘厳な神殿でした。

アスクレピオス神殿・・・病気の快復を願う巡礼者たちの目的地であった神殿です。

海外旅行は世界遺産のアマルフィ海岸へ行こう!

アマルフィ海岸
Costiera Amalfitana


海外旅行は世界遺産アマルフィ海岸に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のアマルフィ海岸をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4,5
登録年  1997年

Costiera amalfitana

世界遺産のアマルフィ海岸は、イタリア共和国、カンパーニア州サレルノ県、ソレント半島南岸のソレントからポジターノ、アマルフィを通ってサレルノに至るまでの約30kmの海岸線一帯です。

世界遺産のアマルフィ海岸は、世界で最も美しい海岸と言われています。

アマルフィの街の名の由来は、ギリシア神話の英雄ヘラクレスが愛した妖精の亡骸を最も美しい海岸に埋葬し、彼女の名をその街に付けられたと伝えられています。

アマルフィの起源はローマ時代にまで遡り、839年には、ナポリ公国から独立してアマルフィ公国となり、そして、イタリアの商業の中心地として地中海貿易を支配するまでになります。

また、アマルフィの歴史はヴェネツィアやジェノバよりも古く、地中海を航行する際に羅針盤が使用されたのもアマルフィが最初だったといわれています。

しかし、ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサなどの海洋都市国家が繁栄すると次第にアマルフィは衰退していきました。

そして、アマルフィは1343年の大嵐で、都市の大部分が破壊され、街は終焉を迎えることとなります。

【世界遺産世界遺産のアマルフィ海岸の見どころ】

世界遺産のアマルフィ海岸の市街にはヨーロッパ、ビザンツ、イスラムなどの様式が複雑に混じり合った独特の町並みが残されています。

高級リゾートのポジターノや丘の上に建って海を見下ろすラヴェッロ、アマルフィの町の中心には千年の歴史をほこる大聖堂、アマルフィ大聖堂があります。

急勾配の斜面に貼りつくように広がった町には、迷路のように道幅の狭い通りが張り巡らされて、その多くが階段になっています。

また、世界遺産世界遺産のアマルフィ海岸では、自然の地形を利用して、オリーブやレモンなどを栽培するなど、人々は今も当時と変わらぬ生活を続けています。

海外旅行は世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域へ行こう!

ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域
Archaeological Areas of Pompei, Herculaneum and Torre Annunziata


海外旅行は世界遺産ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,4,5
登録年  1997年

Ruins of Pompei's Civil Forum

世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域は、イタリア共和国、カンパーニア州ナポリ県に位置する、西暦79年のヴェスヴィオ山の噴火によって埋もれてしまったポンペイやエルコラーノの都市遺跡およびトッレ・アンヌンツィアータのヴィラの遺跡です。

ポンペイは築かれ始めたのは紀元前6世紀頃とされ、紀元前80年以降はローマの傘下に入っています。
当時のポンペイは海に面した港町で、ローマの文化が多く流入する中で発展していました。

港は地中海貿易の拠点として栄え、長らく噴火のなかったヴェスヴィオ山の斜面ではブドウなどの栽培が営まれていました。

ポンペイでは羊毛加工と並び、ワインの醸造が主要な経済活動のひとつとなっていたのです。

しかし、1世紀には地震が頻発するようになり、西暦62年には、マグニチュード8の大規模な地震に見舞われます。

この地震によって、ポンペイだけでなく周辺の地域、ヘルクラネウム(現エルコラーノ)なども大きな被害を受けました。

この大地震の復興もままならないまま、ついに西暦79年8月24日、ヴェスヴィオ山が大噴火を起こします。
ヴェスヴィオ山から噴き出した岩石がポンペイに落下し、やがて高温の有毒ガスと火山灰が時速百kmを超えるスピードでポンペイを覆います。

この一瞬で約2,000人が命を奪われたといいます。

13時ごろ始まった大噴火は、翌日の朝まで実に約19時間続きました。

世界遺産ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域は、17世紀まで埋もれたままになっていましたが、ポンペイは1748年から、エルコラーノは1709年から、トッレ・アヌンツィアータは1964年から発掘が進められました。

1863年には、考古学者ジュゼッペ・フィオレッリが、火山灰土中の空洞に石膏を流し込むという手法で、火砕流に巻き込まれた後、遺体が分解した人々の最期の姿を復元しています。

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【世界遺産世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域の見どころ】

世界遺産世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域では、ポンペイのアポロ神殿、市場や大劇場、フォロ(公共広場)、住宅や商店などからはローマ時代の人々の贅沢で充実した市民生活の様子を見ることが出来ます。

海外旅行は世界遺産のモデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場へ行こう!

モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場
Cathedral, Torre Civica and Piazza Grande, Modena


海外旅行は世界遺産モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のモデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4,5
登録年  1997年

Modena

世界遺産のモデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場は、イタリア共和国、北部、エミリア・ロマーニャ州モデナ県の県都にある大聖堂と隣接する塔と広場です。

世界遺産のモデナの大聖堂は、1099年に4世紀のモデナの司教サン・ジミニャーノを称え、主任建築家ランフランコの指揮下で建てられました。

モデナの大聖堂はランフランコの後、彼の後継者たちによって装飾されました。

そして、世界遺産のモデナの大聖堂は、ロマネスク様式とゴシック様式の融合した傑作であるとされています。

また、隣接するトッレ・チヴィカは、高さ88mの白大理石の鐘楼で、風向計にギルランダ(花冠)があるため「ギルランディーナ(小さな花冠)」の愛称で呼ばれています。

モデナの大聖堂は、隣接するトッレ・チヴィカとグランデ広場とともに、一体となって中世イタリアの自由都市の発展の様子を伝えており、中世キリスト教都市における信仰と市民生活の結びつきも伝える優れた例証として、世界遺産登録されました。

【世界遺産世界遺産のモデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場の見どころ】

世界遺産世界遺産のモデナの大聖堂の外観はレリーフが施されています。

また、大聖堂の内部に14世紀からある木製の十字架像が有名です。

Modena cathedral

海外旅行は世界遺産のポルトヴェネーレ、チンクエ・テッレ及び小島群(パルマリア、ティーノ及びティネット島)へ行こう!

ポルトヴェネーレ、チンクエ・テッレ及び小島群(パルマリア、ティーノ及びティネット島)
Portovenere, Cinque Terre, and the Islands (Palmaria, Tino and Tinetto)


海外旅行は世界遺産ポルトヴェネーレ、チンクエ・テッレ及び小島群(パルマリア、ティーノ及びティネット島)に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のポルトヴェネーレ、チンクエ・テッレ及び小島群(パルマリア、ティーノ及びティネット島)をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,4,5
登録年  1997年

Manarola on Cinque Terre

世界遺産のポルトヴェネーレ、チンクエ・テッレ及び小島群(パルマリア、ティーノ及びティネット島)は、イタリア共和国、北西部リグーリア州の東リヴィエラに位置する5つの集落と沖合いにある小島群です。

ポルトヴェネーレは、中世にゴシック様式のサンピエトロ聖堂が建築されたほか、詩人バイロンに愛された地としても有名です。

ポルトヴェネーレには、チンクエ・テッレ(「五つの土地」の意)と呼ばれる5つの村があり、沖合いには美しい小島群が点在しています。

5つのチンクエ・テッレ
・モンテロッソ・アル・マーレ (Monterosso al Mare)
・ヴェルナッツァ (Vernazza)
・コルニリア (Corniglia)
・マナローラ (Manarola)
・リオマッジョーレ (Riomaggiore)

チンクエ・テッレは、険しい海岸に色とりどりの家屋が並ぶ文化的景観が評価されて、ポルトヴェーネレやパルマリア島、ティーノ島、ティネット島などの小島群などと共に世界遺産に登録されました。

【世界遺産世界遺産のポルトヴェネーレ、チンクエ・テッレ及び小島群(パルマリア、ティーノ及びティネット島)の見どころ】

5つの集落のうち最大の人口を有するのは東南端のリオマッジョーレで、ラ・スペツィアから西へ7km、州都ジェノヴァから東南東へ72kmの距離にあります。
西北端のモンテロッソ・アル・マーレとの間は直線距離にして約8km隔たっています。

また、チンクエ・テッレはワインの産地としても知られています。

海外旅行は世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)へ行こう!

パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)
Botanical Garden (Orto Botanico), Padua


海外旅行は世界遺産パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 2,3
登録年  1997年

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世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)は、イタリア共和国、ベネチアの西約30km、ヴェネト州にあるパドヴァ大学付属の植物園です。

世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)は、大学付属の植物園としては世界最古のもので、自然科学研究のためにパドヴァ大学の植物学者フェデリコ・ボナフェーデによって建設されました。

1222年に創立したパドヴァ大学は、イタリアではボローニャ大学に次いで2番目に古い大学で、特に医学、自然科学の分野での誉れ高い大学です。

パドヴァ大学は、ガリレオやダンテ、ペトラルカが教鞭を取り、コペルニクスが学んだことでも知られています。

世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)の設計は、建築家のアンドレア・モロニが担当し、1545年5月29日にヴェネツィア共和国議会により設立が許可され、ジュスティーナ修道院の一部を植物園することで同年7月7日に開園しました。

【世界遺産世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)の見どころ】

世界遺産世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)では、水路に囲まれた地球をイメージした円形の区画は造設当時そのままで残されています。

世界遺産世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)最古の植物は、1585年に植えられたヤシの木です。

この他にも世界遺産世界遺産のパドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)には、多様な植物を見ることが出来ます。

海外旅行は世界遺産のサヴォイア王家の王宮群へ行こう!

海外旅行は世界遺産のカゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群へ行こう!

カゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群
18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex


海外旅行は世界遺産カゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のカゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,3,4
登録年  1997年

18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex

世界遺産のカゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群は、イタリア共和国カンパニア州カゼルタ県カゼルタにある宮殿とその周辺にある水道橋と邸宅群です。

カゼルタ宮殿は、1752年にブルボン家のナポリ王カルロ7世が建築家のルイージ・ヴァンヴィテッリ指揮の下に建築されました。

カゼルタ宮殿は、ヴェルサイユ宮殿に触発されて建設されたもので、18世紀にヨーロッパで建てられた中で最も巨大な宮殿(249mx190m)といわれています。

120ヘクタールある庭園は、ヴェルサイユ庭園に触発されたものだが、美しさにおいては勝っているとみなされています。

ナポリ王カルロ7世と息子のフェルディナントは、王家専用の狩猟場だったサン・レウチョにサン・レウチョに絹工場を建設し、さらに絹工場に付随させる形で養蚕・製糸・織物工場、労働者のための住居を増築しました。
サン・レウチョにおける製糸・織物業は、当時のヨーロッパにおいては最も先進的であったとされています。

ヴァンヴィテッリの水道橋は、ヴァッレ・ディ・マッダローニに位置し、カゼルタ宮殿とサン・レウチョの邸宅群に水を供給するために建設された水道橋です。


【世界遺産世界遺産のカゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群の見どころ】

カゼルタの18世紀の王宮の公園には、イルカの噴水、ディアナとアクタエオンの噴水やアフロディテとアドニスの噴水、水盤などが残り、ナポリからの並木道が続いています。

また、世界遺産世界遺産のカゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群は、「スターウォーズ」や「ミッションインポッィブル」、「天使と悪魔」などの映画で利用された地としても知られています。

海外旅行は世界遺産のピエンツァ市街の歴史地区へ行こう!

海外旅行は世界遺産のラヴェンナの初期キリスト教建築物群へ行こう!

ラヴェンナの初期キリスト教建築物群
Early Christian Monuments of Ravenna


海外旅行は世界遺産ラヴェンナの初期キリスト教建築物群に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のラヴェンナの初期キリスト教建築物群をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 1,2,3,4
登録年  1996年

Early Christian Monuments of Ravenna - Basilica of San Appolinaris

世界遺産のラヴェンナの初期キリスト教建築物群は、イタリア共和国ベネチアの南方、エミリア・ロマーニャ州ラヴェンナ県の県都ラヴェンナにある5~6世紀に建てられた初期キリスト教の聖堂・礼拝堂です。

ラヴェンナは、5世紀には西ローマ帝国、東ゴート王国の首都であり、6世紀半ばには、東ゴート王国を滅ぼした東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の中心地として栄えました。

8世紀の半ばまで、西の首都であったラヴェンナも、8世紀の末になると政治的重要性を失い、急速に衰退しました。


750年までに世界遺産のラヴェンナには、60以上の聖堂が建設されていたと言われています。

世界遺産のラヴェンナは、1世紀当時の姿をそのまま伝えるポンペイになぞらえて、「中世初期のポンペイ」とも呼ばれることもあります。

【世界遺産世界遺産のラヴェンナの初期キリスト教建築物群の見どころ】

世界遺産世界遺産のラヴェンナの初期キリスト教建築物群にはビザンチン時代の教会、洗礼所がたくさんあり、どの教会にもすばらしいモザイクが残っています。

ガッラ・プラキディア(ガッラ・プラチーディア)廟堂・・・皇妹皇母ガッラ・プラキディアによって建設され、彼女の霊廟とされる建築物です。

大聖堂付属(正統派)洗礼堂・・・司教ウルススと次代の司教ネオンにより、バシリカ・ウルシアーナの付属洗礼堂として建設されました。ネオン洗礼堂ともいいます。

サン・ヴィターレ聖堂・・・ラヴェンナ司教マクシミアヌスが完成させたラヴェンナを代表する聖堂です。

サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂・・・大王テオドリックによって建設された、現存する数少ないアリウス派の遺構です。

大司教館礼拝堂・・・ラヴェンナ司教ペトルス2世によって、バシリカ・ウルシアーナに隣接する司教宮殿内部に建てられた礼拝堂です。

テオドリック廟・・・大王テオドリックの霊廟です。

サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂・・・ラヴェンナ司教マクシミアヌスによって、当時のラヴェンナの外港クラッシスに建設されたバシリカです。

海外旅行は世界遺産のアルベロベッロのトゥルッリへ行こう!

アルベロベッロのトゥルッリ
The Trulli of Alberobello


海外旅行は世界遺産アルベロベッロのトゥルッリに行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のアルベロベッロのトゥルッリをご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,4,5
登録年  1996年

Trulli's Alberobello

世界遺産のアルベロベッロのトゥルッリは、イタリア共和国南東部のプーリア州バーリ県アルベロベッロにある独特な建築様式の建物群と町並みの総称です。

アルベロベッロはイタリア語で「美しい木」を意味し、ここにはキノコのような形のとんがり屋根のトゥルッリという家が集まっています。

世界遺産のアルベロベッロのトゥルッリは、石灰岩を積み重ねただけで作られていて、一つの屋根に一つの部屋があります。
トゥルッリは、玄関や廊下がないので、ドアをあけるといきなり部屋に入る構造になっています。

1軒のトゥルッロ(単数)の集合体がトゥルッリで、名前の由来のとおり木々が立ち並んでいるように見えます。

世界遺産のアルベロベッロのトゥルッリが造られた経緯は、そもそもこの町は石だらけの土地で、細々と暮らしていました人々がナポリから送られたアクアヴィーバ伯爵の税金逃れのためです。

15世紀当時、この町を支配していたナポリ王は、アクアヴィーバ伯爵から家の数によって税金を取っていました。

そこで、アクアヴィーバ伯爵は、税金をごまかすためにすぐに解体できる家作りを農民に指示し、農民たちは何度も建設と解体を繰り返しました。

そして、農民たちは苦心の末、ついにトゥルッリを作り上げました。

【世界遺産世界遺産のアルベロベッロのトゥルッリの見どころ】

世界遺産世界遺産のアルベロベッロのトゥルッリは、漆喰を塗ったまっ白い建物部分に、灰色の円錐形の屋根をかぶせたユニークな構造になっています。

とんがり帽子のような円錐形の屋根が立ち並ぶ姿には、まるでおとぎの国に迷い込んだような錯覚に陥ります。

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