海外旅行は世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域へ行こう!など、各国の世界遺産を紹介しています。海外旅行が初めての方も、海外旅行の達人も海外に行くなら世界遺産を旅してみませんか?海外旅行で世界遺産を訪れる際の参考にして頂ければ幸いです。

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海外旅行は世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域へ行こう!

ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域
Archaeological Areas of Pompei, Herculaneum and Torre Annunziata


海外旅行は世界遺産ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域に行きましょう!
今回は、海外旅行世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域をご紹介します。

登録区分 文化遺産
登録基準 3,4,5
登録年  1997年

Ruins of Pompei's Civil Forum

世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域は、イタリア共和国、カンパーニア州ナポリ県に位置する、西暦79年のヴェスヴィオ山の噴火によって埋もれてしまったポンペイやエルコラーノの都市遺跡およびトッレ・アンヌンツィアータのヴィラの遺跡です。

ポンペイは築かれ始めたのは紀元前6世紀頃とされ、紀元前80年以降はローマの傘下に入っています。
当時のポンペイは海に面した港町で、ローマの文化が多く流入する中で発展していました。

港は地中海貿易の拠点として栄え、長らく噴火のなかったヴェスヴィオ山の斜面ではブドウなどの栽培が営まれていました。

ポンペイでは羊毛加工と並び、ワインの醸造が主要な経済活動のひとつとなっていたのです。

しかし、1世紀には地震が頻発するようになり、西暦62年には、マグニチュード8の大規模な地震に見舞われます。

この地震によって、ポンペイだけでなく周辺の地域、ヘルクラネウム(現エルコラーノ)なども大きな被害を受けました。

この大地震の復興もままならないまま、ついに西暦79年8月24日、ヴェスヴィオ山が大噴火を起こします。
ヴェスヴィオ山から噴き出した岩石がポンペイに落下し、やがて高温の有毒ガスと火山灰が時速百kmを超えるスピードでポンペイを覆います。

この一瞬で約2,000人が命を奪われたといいます。

13時ごろ始まった大噴火は、翌日の朝まで実に約19時間続きました。

世界遺産ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域は、17世紀まで埋もれたままになっていましたが、ポンペイは1748年から、エルコラーノは1709年から、トッレ・アヌンツィアータは1964年から発掘が進められました。

1863年には、考古学者ジュゼッペ・フィオレッリが、火山灰土中の空洞に石膏を流し込むという手法で、火砕流に巻き込まれた後、遺体が分解した人々の最期の姿を復元しています。

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【世界遺産世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域の見どころ】

世界遺産世界遺産のポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域では、ポンペイのアポロ神殿、市場や大劇場、フォロ(公共広場)、住宅や商店などからはローマ時代の人々の贅沢で充実した市民生活の様子を見ることが出来ます。
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